[声明]弁理士法改正の方向性
日本弁理士会
I.あるべき弁理士制度像
近年、知的財産の国家戦略的重要性が飛躍的に増大し、それに比例して知的財産の専門家である弁理士には知的創造サイクルの創造、保護、活用の全ステージにわたり大きな期待が社会からかけれらている。日本弁理士会は、弁理士の基本を「技術と法律の素養を具えた国際的対応ができる知的財産の実務専門家」として捉えている。当会は、今後弁理士は「権利の設定」という弁理士の根幹業務をベースに、企業経営への参画や、国際的な局面を含む様々な知的財産のフェイズにまで広く関与していかなければならないと考えている。
企業活動のグローバル化とともに、サービスのグローバル化が進展する中で、国家資格者に代表される高度な専門業務を扱う人材の分野においても、国際的な競争力が求められるようになってきている。わが国の国際競争力の向上のためにこうした専門人材の国際競争力の向上は不可欠であり、各方面で高度な専門業務能力のある人材が育っていかなければならない。
このような国際的に活動する能力は、個々の専門家が弛まぬ自己研鑽をもって身に付け、人材間の競争と市場による選別に基づいて養成されていくべきものである。当会はこうした自己研鑽を積もうとする弁理士のため、従来型の研修を提供する研修所に加えて、弁理士の枠を越えた者が参加する「互学互習」の場として「知財ビジネスアカデミー」を設置するなどして弁理士の自己研鑚支援に取組んでいる。
一方、平成12年制定の弁理士法によって、弁理士間の競争を促して人材を育成するという考えに基づいた施策がとられ、弁理士試験合格者を急増することにより、弁理士の大幅な増員が図られてきた。当会は上述の通り競争原理による人材の育成が重要と認識しているが、新人といえども取り扱うのが国力の源泉となる知的財産であるため、新たに弁理士となった者が限られた知的財産に直接に接しながら切磋琢磨していく上では、基本的な業務能力を有していることが不可欠であると考える。すなわち、依頼者の知的財産を適正に保護するという弁理士に課せられた最低限の業務遂行能力を具えていない者は、専門家として依頼者の権利を護ることすらできないのであるから、その競争に参加することは出来ないと考えるのである。同時に、弁理士の実務遂行能力を最低限担保することは審査・審判処理の行政効率を阻害しないためにも不可欠である。
基本的な業務遂行能力を持たない弁理士が多数輩出されていくことは、社会の弁理士制度に対する信頼を裏切ることであり、弁理士全体に対する期待を失わせることに繋がる。これは資格制度の崩壊の端緒に他ならない。当会は、弁理士という資格制度の最低限の品質保証機能は不可欠な命題であり、これを保証する何等かの仕組みが必要であると考える。
II.弁理士法において見直すべき問題
平成12年制定の弁理士法においては、知財立国の実現という国策のもと、知財の創造、保護、活用の各段階で増大する知財専門サービスのニーズに対応するための改革が行われた。また、平成14年の弁理士法一部改正では、弁理士の権利行使と権利侵害とに関する専門サービスの提供の充実のため、司法制度改革審議会意見書の提言に基づき弁理士の特許権等侵害訴訟への関与等について改革が行われた。
これらの法改正後数年を経た現在、弁理士制度は、新制度のもとで新たに発生した問題、ならびに従前の制度が改正されずに残存している問題の両方を抱えている。これらの問題は以下の3点に集約される。
- 弁理士としての業務遂行能力(実務能力)が十分でない弁理士の増加
- 合格者の急増にともない、実務経験のない合格者の大幅増がみられると共に、試験に合格しても業務現場でのOJTの機会、あるいは実務に関する研修の機会に恵まれない新弁理士が増えており、こうした者は弁理士として最低限の実務能力を具えることができない。
- 論文試験科目から条約が削除されたことにより、実務に必要な知財関係条約の知識が不足する新弁理士が増えている。
- 知的財産制度の改正に伴う変化や、弁理士業務の拡大に十分に対応できない弁理士が現れている。
- 弁理士による総合的な知財専門サービスの提供に支障となる業務上の制約の残存
- 弁理士が、ユーザの求めに応じて、知財創造サイクル全般に一貫して行き届いた知財専門サービスを提供すべきとき、それを阻害する業務上の制約が残存している。具体的には、弁理士の業務実態に即していない利益相反規定や、限定的な不正競争の概念(特定不正競争)、などである。
- 企業の知財活用による国際競争力強化が強く求められるなか、国内における外国出願関連業務の重要性が増大しており、弁理士の約8割が外国関連の相談を受け、解決を求められたことがあり、ユーザの9割近くが弁理士に外国関連の業務を依頼している。しかし、外国出願関連業務が弁理士の「弁理士の名称を用いて」行うことができる業務であることが明確にされていないため、弁理士の業務として認知されず、外国出願を行おうとする者が弁理士の専門性を十分に活用できず、弁理士会の指導監督の対象となっていないことから、結果的に出願人に不利益をもたらしている。
- ユーザの要求に的確に応えるための制度的不足
- 特許業務法人制度については、継続性や合併の容易性などの点で個人経営よりも法人化した事務所が望ましいとする意見が多いにもかかわらず、制度的制約が大きいため法人化が進んでいない。
- 弁理士の幅広い情報公開が求められているにもかかわらず、制度的バックアップがないために、当会は弁理士の情報公開が不十分な形でしか実施できていない。
以上から当会は次の事項について弁理士制度の改正が行われる必要があると考えている。
(1-1)新たに弁理士となる者の実務能力向上を図る施策の導入
(1-2)既存の弁理士の能力の維持、強化を図る施策の導入
(2)弁理士が知的創造サイクル全般にわたって専門サービスを提供できる業務体制の整備
(3)弁理士の知財専門サービス提供を支える制度環境の改善
以下にこれらの事項について当会が考える具体的な法改正の内容を説明する。
III.弁理士法において見直すべき具体的事項
1−(1)新たに弁理士となる者の実務能力向上を図る施策の導入(新しい弁理士試験研修制度の導入)
【基本的な考え方】
- 弁理士の量的ならびに質的拡大を図るという国策(具体的には、「知的財産戦略大綱」(2002年)及びその後の各年の知的財産推進計画)のもとに、先ず、弁理士の量的拡大を実現するための国家施策が、平成12年に改正された弁理士法の試験制度改正によってとられた。
- しかしながら、弁理士の質的拡大を実現するための国家施策は未だとられておらず、国策の実現の責務が果たされていない。そのため、弁理士の量的拡大という片翼的な措置に伴う弊害が見え始めている。そこで、弁理士の量的拡大とともに弁理士の質的拡大を実現させるための施策として、弁理士試験のさらなる充実と弁理士業務に関する研修の義務化とを含む新しい弁理士試験研修制度の導入を図る。
- 弁理士の基本を「技術と法律の素養を具えた国際的対応ができる知的財産の実務専門家」と捉え、弁理士制度は社会の弁理士に対する最低限の期待を裏切らない品質保証として働くべきであると考える。
【制度改正提案の背景】
- 弁理士試験のみでは弁理士の実務遂行能力は担保できない。
- 技術系の科目を選択しなかった受験者は技術的バックグラウンドが弱い。また、法律系の科目を選択しなかった受験者は法律の素養が担保されていない。
- 条約を勉強しなくても弁理士になることができる。
- 日本弁理士会の研修による対応は限界に来ている。合格者の急増により、特許事務所でのOJTによる教育は受容限界を超えている。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
- 試験と研修を一体化した制度による担保
- 弁理士試験…プロフェッショナルとしての専門知識の担保
- 必須の研修…専門知識を使いこなし、依頼者の期待を裏切らない対処方法の出来る能力の担保
- 弁理士試験制度の見直し
- 現行の知識偏重型の試験から、論理的思考力を考査することに力点を置いた試験に改善する。
- 弁理士の国際性を最低限担保するため、論文式試験にパリ条約を主とした条約科目を復活させる。
- 登録前研修制度の創設
- 知財実務の経験が浅い又は皆無の合格者について、少なくとも特許事務所や企業知財部等においてOJTにスムースに移行できるレベルまでボトムアップする。
- 知財を横断的に活用できる能力を具えるために、法律系の人材は最低限の技術の素養を、技術系の人材は最低限の法律の素養を、それぞれ身につけさせる。
- 働く者への配慮として、e-ラーニングの採用等、試験合格者全員が受講し易い環境を整える。
- 国が研修を制度設計し、日本弁理士会が国の委託により研修を実施する。研修制度構築のために必要なイニシャル費用(受講者負担によるランニング費用は除く)は国が負担する。
- 研修終了後に研修の効果確認考査を実施する。ただし、ハードルとするのではなく、通常に受講している者は合格することができるための配慮を行う。
- 研修受講等免除については必要性を含めて今後検討する。
1−(2)既存の弁理士の能力の維持、強化を図る施策の導入(登録後の義務研修制度の導入)
登録前研修制度の導入との整合性を図り、既存弁理士の能力の維持、強化を目的として、既存弁理士に対する義務研修を制度化する。
【制度改正提案の背景】
弁理士を各種の制度改革、技術的進歩、社会情勢の変革等々に適切に追従してその社会的役割を果せる者とすべく、弁理士の能力増維持、強化を図る必要がある。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
- 原則として全弁理士を対象とした義務研修を制度化する。
- 日本弁理士会が、外部研修機関の活用も視野に入れて、研修を行うこととする。
(2)弁理士が知的創造サイクル全般にわたって専門サービスを提供できる業務体制の整備(主たるもの)
司法制度改革・知財制度改革のもとで、弁理士が知財専門家としての社会的役割をより一層効果的に果たせるようにするための業務環境の整備を図る。
- 外国出願関連業務を、弁理士の業務として明記する。
【制度改正提案の背景】
国内における外国出願関連業務の重要性が増大するなかで、大部分のユーザはこの業務について弁理士に依頼したいとしている。外国出願関連業務は国内での出願を単に翻訳したのでは足りず、外国の制度を熟知した上で適切な形にしなければならないという高度な業務である。しかしながら、この業務が弁理士の業務であることが明確にされていないために、専門的な知識を必要としない機械的な翻訳で十分であるとする意識が、業務を依頼する側にも、受ける側にもあり、結果的に外国出願を行う者に専門サービスが適正に提供されないなどの不利益が生じている。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
外国出願関連業務を、弁理士の業務であることを明文化し、弁理士としての義務と責任のもとで遂行すべきものとするための改正を図る。ただし、これを弁理士の専権業務とはしない。
- 利益相反規定に関し、弁理士業務のうちの出願手続に関わるもの等の非紛争事件と当事者対立構造をとる紛争事件とを区別した上で、見直す。
【制度改正提案の背景】
現行弁理士法第31条に規定する「業務を行い得ない事件」の第3号において、「受任している事件の相手方からの依頼による他の事件」には、出願も含まれると解釈されているため、弁理士がその義務と責任とを全うして適正に専門サービスを提供するうえで、支障が生じている。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
弁理士に対する業務依頼の実態及び弁理士業務の特性を踏まえて、弁理士による専門サービスの効率的な提供と実質的利益相反の回避とを両立させる。弁理士業務のうちの出願手続に関わるもの等の非紛争事件と当事者対立構造をとる紛争事件とを区別し、当事者間に争いが生じた時点において現に弁理士が受任している非紛争事件の中間処理等は扱えるように改正を図る。
- 特定不正競争という概念を廃し、それに代えて不正競争防止法第2条第1項に規定する不正競争を充てる。
【制度改正提案の背景】
弁理士が関与することが認められる不正競争行為が、特定不正競争として、不正競争防止法第2条第1項に規定する不正競争であって、第1号から第9号まで(第4号から第9号までに掲げるものにあっては、技術上の秘密に関するものに限られる)及び第12号に掲げるものに限定されているため、依頼者のニーズに対応できない。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
現行弁理士法において導入されている特定不正競争という概念が、弁理士を利用する者に不利益をもたらす事態を回避すべく、特定不正競争という概念を廃し、それに代えて不正競争防止法第2条第1項に規定する不正競争を充てるための改正を図る。具体的には、上記の「技術上の秘密」という制限の撤廃と、第10号及び11号(プロテクト外し)、第13号(品質等の誤認惹起行為)、第14号(非侵害であるときに侵害であると流布する行為)、第15号(代理人等の商標冒用行為)を追加する。
- 税関長に対する輸入差止申立手続への関与を見直し、輸入者側の手続代理も行うことができるようにする。
【制度改正提案の背景】
現行弁理士法第4条第2号第1号においては、弁理士が認定手続において代理人として関与することができるものを、権利者側のみに限定している。このため、輸入者側にあっては、弁理士の専門サービスを活用することができない。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
税関長に対する輸入差止申立手続への弁理士の関与における公平性を担保すべく、弁理士が、権利者側の手続代理に加えて、輸入者側の手続代理も行うことができるようにするための改正を図る。
- 補佐人としての役割の充実を図り、著作権に関する事項についても、裁判所の許可を要することなく補佐人となることができるようにする。
【制度改正提案の背景】
現行弁理士法第5条においては、弁理士が補佐人として関与することが認められる事項を、特許、実用新案、意匠若しくは商標、国際出願若しくは国際登録出願、回路配置又は特定不正競争に関する事項に限っているため、著作権に関する事項には関与することができず、依頼者の弁理士に対する包括的な専門サービスの要求に応えることができない。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
弁理士による専門サービスのより一層の充実をはかるべく、著作権に関する事項についても、弁理士が、裁判所の許可を要することなく補佐人となることができるようにするための改正を図る。
(3)弁理士の知財専門サービス提供を支える制度環境の改善
- 一人法人制度や指定無限責任制度等の導入を含む特許業務法人制度の改善を図る。
【制度改正提案の背景】
特許業務法人制度は、全社員が無限責任を負うこと、社員を2名以上必要とすること(弁理士の約3分の1が、いわゆる一人事務所である)、特許業務法人が取り扱うことのできる業務が弁理士法第40条、第41条に限られていることなどから、制度の活用があまりなされておらず、社会的利益に対する貢献度が高いとはいえない。弁理士による専門サービスの提供をより一層効率的で安定性のあるものとする一つの方策として、特許業務法人制度をさらに充実させることが望まれる。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
特許業務法人制度に関し、複数社員法人制度や社員無限責任制度等ついての見直しを行い、それに併せて、賠償責任保険についての検討など、使い勝手の良い制度へと改善を図る。
- 日本弁理士会の役割として、弁理士情報の開示等に関する事項を明記する。
【制度改正提案の背景】
弁理士情報の的確な開示と効率的な弁理士へのアクセスシステムとは、ユーザの要求としての社会的要求が大となっている。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
ユーザが弁理士を選定する際に参考にできる弁理士情報の開示について、妥当な範囲での開示の組織的展開および使い易い弁理士アクセスシステムの構築を、日本弁理士会の役割の一つとして明確にするための改正を図る。
- 弁理士法に使命条項を新設する
【制度改正提案の背景】
現行弁理士法第1条には弁理士法の「目的」が、第3条には弁理士の「職責」が規定されているものの、知的財産立国における知的財産専門サービス人材としての弁理士の「使命」に関しては規定がない。
【日本弁理士会が提案する制度改正】
弁理士法に弁理士の使命を規定することにより、依頼者の保護、公益的な活動への参加など、知的財産立国において弁理士が果たすべき役割をより一層明確にするための改正を図る。