ヒット商品を支えた知的財産権 Vol.7
「エンゲルス」
「必要は発明の母」といわれるが、ハシ・コーポレーション(東京都中野区新井2-5-3、社長橋義時氏、電話03(3389)4184)のコイン・カウンター(硬貨収納・計算器)は、この俚諺(りげん)がぴったりのアイデア商品である。社長の橋さんはコンビニエンス・ストアの元店長で、そのときの体験から生まれた。コンビニ店は24時間営業。一日数回売り上げを計算するが、接客の合間を縫って行うため、小銭(硬貨)の処理に苦労する。 橋さんは硬貨の残高が簡単に分かるような装置を求めて、文具店などを巡った。しかしコンビニ店で使えるよう安価で使い易い製品は見つけることができなかった。「それならば…」と自ら商品化したのが、このコイン・カウンター(商品名=エンゲルス)である。 プラスチック・ケースに硬貨を入れる溝を設け、溝の中に数字を表示している。その表示の仕方がミソで、合計金額や枚数を一目で読みとることができる。 それが新製品情報誌で紹介されると、「売らせて欲しい」との申し込みが殺到。橋さんはその対応に追われ、店長業との両立が困難になった。このため、1989年(平成元年)2月に新会社を作って、独立した。その二ヶ月後に消費税が導入されるという幸運(?)にも恵まれ、売り上げは順調な伸びをみせる。 |
しかし、人気商品のつねで、たちまち模倣品攻勢に悩まされるようになった。実用新案出願中だったが、未登録のためやむを得ず不正競走防止法(不競法)による模倣品の製造・販売差し止めの仮処分を裁判所に申し立てた。不競法による保護には、商品の周知性の立証が必要で、これに苦労したが、何とか91年3月に認められた。この決定は、不競法が小企業の信用保護にも有力な武器になることを示した画期的な出来事だった。その後、より広範囲な保護が受けられる実用新案(第1966971号)も取得し、完全な防御態勢が整った。
橋さんが知的所有権を重視する陰には、若いころの苦い経験がある。自転車やスキー用キーのアイデアを考え、ある雑誌のコンクールに応募した。選には洩れたが、やがて全く同じアイデアの商品が、大手企業から売り出された。「当時、知的所有権法に詳しかったら手の打ちようがあった」と今でも悔やむ。こうした体験から「弁理士さんら知的所有権関係者は、一般の人たちに対する啓発活動を強めて欲しい」と話している。
(取材協力 ハシ・コーポレーション 及び 代理人 鈴木均弁理士)