ヒット商品を支えた知的財産権 Vol.8
「プルトップ缶」
世界を駆けるプルトップ缶最近の缶はプルトップを引いて缶の上面全体を開けるプルトップ缶が主流だ。缶切りを使わなくてもよいので便利だが、切り口で指を切りそうになったことはないだろうか。何とか指を切らないようにできないものか。谷内啓二氏(谷啓製作所、現社長)はそんなことを思った一人である。 谷内氏は若い頃から発明が好きで、現在までに60件ほどの特許を取得したほどの実力の持ち主である。谷内氏は考えた。切り口が危ないのであれば指が切り口に触れないように隠せばいい。 原理はこうだ。図に示すように、ふたになる円板を全周にわたってジャバラのように折り曲げ、切り口になる部分が折り曲げた湾曲部分で隠れるようにする。原理は簡単だが実際に作ってみるとなかなかうまくいかない。少しでも寸法が狂うと堅くて開けることができない。逆に緩くすると切り口が隠れない。 最適な寸法を決めるにはどうすればいいか。某研究所に相談したところ、コンピュータを駆使しても開発は無理だろうというのが回答だった。 |
しかし谷内氏は諦めることなく、工場にこもり試行錯誤の日々を重ねた。もともと金型の職人である。長年培った自分の勘を頼りに、手作業で千分の一ミリとの戦いを始めたのである。環境への配慮からアルミニウムではなく鉄を材料に選んだことも作業を困難にした。食品の缶詰にも使用できる満足のいくものが完成したとき、研究を始めてから五年が過ぎていた。
苦労して完成したプルトップ缶の発明は弁理士に依頼して特許を取得することができた。また、その後も改良発明をするたびに出願し、途切れることなく自分のアイデアを保護している。日本では大手の製缶業者がシェアを抑えており、このプルトップ缶が採用されるには多くの経済的な問題はあるものの、口コミなどにより徐々に市場に出回りつつある。
また、弁理士の勧めによりアメリカやヨーロッパでも権利化した。日本よりも製造物責任について厳しいアメリカの缶詰メーカーがこの権利に目を付けた。長年にわたる交渉の結果、アメリカでの権利をそのメーカーに譲り渡し、近く実施されることとなった。そのメーカーの製品は日本のみならず世界数十カ国に輸出されており、谷内氏の発明したプルトップ缶が世界を駆けめぐるのもそう遠い先の話ではないだろう。
(取材協力 (有)谷啓製作所 及(株) 代理人 永井利和弁理士)