●国際活動委員会からのお知らせ(2001年7月号)
〈米国〉
弁護士依頼者秘匿特権は米国パテントエージェントにも適用される
米国ニューヨーク州東部地方裁判所は、2001年4月17日に、弁護士依頼者秘匿特権が弁護士の指揮監督下において行動する米国パテントエージェントと依頼者との間の通信にも及ぶと判決した。
原告のゴーマン氏は被告のポーラ・エレクトロ社を特許権侵害で訴えた。ゴーマン氏は、弁護士依頼者秘匿特権を理由に、彼のパテントエージェントの証言録取を禁止する保護命令を求めた。ポホレルスキー下級裁判官は、この動議を却下したので、ゴーマン氏はこの決定に不服を申立て、スパット判事に見直しを要求した。
ここで、弁護士依頼者秘匿特権とは、(1)依頼者が法律専門家からその資格において(2)いかなる種類のものであれ法的助言を求める場合に(3)法的助言に関連する通信は、(4)かかる通信が依頼者によって(5)秘密とされたときには(6)秘匿特権が放棄された場合を除き、(7)依頼者又はその法的助言者による開示から(8)依頼者が要求した場合に永久に保護される、というものである。
スパット判事は、ゴーマン氏の不服を認めた。同判事は、弁護士の指揮監督下において行動する米国パテントエージェントが、米国における特許出願の権利取得に関係する秘密の通信を依頼者との間でかわした場合には、弁護士依頼者秘匿特権がかかる通信に及ぶと判示した。スパット判事は、その理由として第二巡回地区管轄下の地方裁判所の見解を引用した。同判事は、ゴーマン氏から出されていた、より包括的な秘匿特権を認めた判例法を、当該判例がかかる第二巡回地区管轄下地裁判決前になされ、さらに管轄外巡回区のものであることを理由に考慮に入れなかった。
スパット判事が指摘したのは、ポホレルスキー下級裁判官が、ゴーマン氏のパテントエージェントが弁護士の指揮監督下において行動していなかった点に特に触れていない点である。むしろ、スパット判事は、同下級裁判官が、弁護士依頼者秘匿特権はパテントエージェントとその顧客との間の通信には適用されないことを理由に、ゴーマン氏とパテントエージェントとの通信に秘匿特権を適用しようとしなかった点に注目した。スパット判事は、「上述のように、本巡回地区下の裁判所は、特定の状況下においては、限られた例ではあるが、パテントエージェントとその顧客との通信は保護される、と考える」と判示している。
従って、同判事は、同下級裁判官がゴーマン氏の動議を却下した根拠は法に反するものであると結論した。従って、裁判所は本件を差し戻して、他の下級裁判官に担当させることとし、そのパテントエージェントが開示要求のなされている情報を取得した際に、弁護士の指揮監督下に行動していたか否かを決定させることとした。
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Attorney-Client Privilege May Cover Patent Agent'
(Page 14, Volume 62, Number 1522, May 4, 2001)
〈米国〉
憲法に違反するほど法外であると異議が申し立てられた懲罰的損害賠償額は
覆審的判断(de novo)基準に基づいて再審理されるべきである
米国連邦最高裁判所2001年5月14日判決(Cooper Industries Inc. v. Leatherman
Tool Group Inc., U.S., 99-2035, 5/14/01)
1. 懲罰的損害賠償は事実認定に関わるものでなく、むしろ私的制裁であって被告に制裁を科して犯罪抑止を図るものであり、填補的損害賠償の判断基準と区別されるべきであるとして、450万ドルの懲罰的損害賠償の無効請求を却下した第9巡回区控訴裁判所の判断を破棄して事件を差し戻した(賛成8:反対1)。
2. 事実関係
Leatherman Tool Group Inc.(原告、被上訴人)は、スイス・アーミー・ナイフを改良した多機能携帯型ツール「Leatherman
Pocket Survival Tool(PST)」を製造販売していた。Cooper Industries, Inc.(被告、上訴人)は、シカゴでの商品展National
Haward ShowにおいてPSTと同様の多機能携帯型ツール「ToolZall」(オリジナルToolZall)を出展したが、その時点でToolZallは完成しておらず、広告資料に用いたToolZallの写真はPSTの一部を改良したものであった。商品展の直後、原告は、トレードドレス侵害、不正競争、虚偽広告を理由に被告を地裁に提訴した。オリジナルToolZallの販売と問題の広告資料の使用を禁止する地裁の仮差止命令に対し、被告は問題の広告資料を回収する指示を代理店に出したが、既に顧客に対して送付した問題の広告資料については、その後約5ヶ月間何ら措置を採らなかった。一方、地裁での公判において、陪審はランハム法(商標法)に基づくトレードドレス侵害及びコモンロー上の不正競争行為を認定しながら、商標法上の損害賠償は認めず、不正競争行為について填補的損害賠償5万ドル及び懲罰的損害賠償450万ドルを認めた。被告は、過去の判例BMW
of North America, Inc. v. Gore(Gore事件)をもとに、懲罰的損害賠償は過度に高額であると主張したが、地裁はその主張を却下した。控訴裁判所(第9巡回区控訴裁判所)はPSTの全体像は機能的であることを理由にトレードドレス侵害は成り立たないとして仮差止命令は取り消したものの、被告の行為の性質等を考慮すれば賠償額はバランスのとれた妥当なものであるとした地裁の認定は妥当なものであり、地裁が懲罰的損害賠償額の減額を拒否したことに裁量権の濫用はないと判決した。被告の最高裁への上訴は、懲罰的損害賠償額が合憲性を満たすかどうかを判断するにあたって地裁が正当な判断基準を適用したか否か、また、その賠償額はゴア事件の基準に違反するものであるかを問うものであった。
3. 裁判所の判断
(1) Due Process(憲法上の正当手続)
填補的損害賠償と違って懲罰的損害賠償は「私的罰金(private fines)」であって、被告を罰することで、同一被告による将来的な犯罪を抑止するために科せられたものである。填補的損害賠償額の評定が本質的に事実的判断であるのに対し、懲罰的損害賠償額は陪審によるモラル非難の現れである。憲法上の問題が無ければ、州の議会及び裁判所は懲罰的損害賠償の認定及び額に関して広範な裁量権を有し、地裁判事は陪審の懲罰的損害賠償額に関する評決が州法で定められる裁量範囲内か否か、また、新たな審理又は差戻し審理を命じるべきか否かを判断しなければならない。また、憲法上の問題が提起されていなければ、控訴裁判所の役割は、地裁判断の裁量権濫用を再考するだけである。しかし、憲法修正14条のDue
Process条項は、過剰な罰金や残酷で異常な刑罰を科すことを禁じた憲法修正8条を根拠に、州の裁量権を実質的に制限するものである。これに関連した憲法上のくだりは「本質的に不明確」であるが、Gore事件の判断基準は以下の通りである。
(1-1)被告に対してなされるべき非難、過失の度合
(1-2)罰金と、被告の行為により生じた被害者への損害との関係
(1-3)対比可能な他の違法行為事件で科せられた制裁
(2) 判断基準
United States v. Bajakajian事件(1998年)では、賠償額が過大かどうかの判断は「裁量権の濫用」基準のみを用いてなされるべきであるという主張が却下されている。賠償額が過大か否かに関する地裁の事実認定は、明確な誤りによる場合を除き、そのまま受け入れなければならない。しかし、懲罰的賠償額が憲法に違反する程法外か否かの判断となると、憲法上の基準を適用することが必要となり、この場合は、前審とは独立していわば覆審的に新たに再審理する「de
novo基準」によることが適当である。Ornelas v. United States事件では、「妥当な嫌疑」(reasonable
suspicion)や「蓋然性のある理由」(probable cause)があるかどうかの判断にも「de
novo基準」が適用されるべきとした上で、これらの判断も、懲罰的賠償額が過大かどうかの判断も共に、事実から精密に律せられる概念ではなく、むしろどう判断を適用するかの問題であることから、控訴裁判所が法の原則を維持するためには独立的な判断基準を用いることが必要とされた。しかし、そのような概念は不明確であると認められた。「非常に法外」(Gross
excessiveness)の考えも同様である。Gore事件での基準は、上訴裁判所の段階で事件ごと適用を積み重ねることにより、より具体性を帯びることになるであろう。
(3) 被上訴人の主張却下
憲法修正第7条には「陪審によって審理された事実は、コモンローの規則によるものでない限り、合衆国のいかなる裁判所も再審理してはならない。」と規定されている。しかし、懲罰的損害賠償額は、事実認定を構成するものではなく、従って修正第7条に左右されないものである。最高裁判所は、犯罪抑止のために必要とされる懲罰的損害賠償額についての判断は陪審によって認定されるべき事実問題であるから憲法修正第7条に関わる事実である、という主張を却下した。懲罰的損害賠償を認定するという問題が抽象的な政策問題としてどれほど魅力的であろうとも、懲罰的損害賠償を認定するにあたり、将来の犯罪抑止にはどれほどの額が適切かを正確に割り出すという調整作業に通常は陪審が関わるものでないことは明らかである。事実審裁判所と控訴審裁判所との間におけるような制度上の能力差を考慮すれば、懲罰的損害賠償の認定にあたっては両者の判断は対等ではなく、控訴審の判断により重きがおかれるべきである。Gore判決にあっては、被告が非難されるべき度合に関しては地裁の方が控訴裁判所よりも幾分優れた立場にあり、原告の受けた被害と懲罰的賠償との間の不均衡さの判断にあたっては両者は同等の能力を有するのだが、陪審の認定額と当該審に対比可能な事件において認定された罰金とを比較するにあたっては控訴裁判所の方がより適した立場にある。
(4) 事件の結果
控訴裁判所における判断基準は限られた事件においてのみGore基準に影響を及ぼすものであるかもしれないが、もし本事件で地裁の上記却下判断について徹底的に、独立的に再審理していたならば第9巡回区控訴裁判所は異なる判断を下すことになったであろうと連邦最高裁は判示した。また、特許を受けていない製品の機能的特徴の模倣は合法であるとの控訴裁判所の判断は正当であるとする一方、連邦最高裁は、計画的な模倣は違法であるという陪審の意図によって被告の侵害行為が非難されるべき度合度合が決められた点についても言及した。そして、潜在的被害を被告の予想利益(300万ドル)に基づいて計算するのは正しいとしても、被告のToolZallの売上のすべてがPSTの写真の不当な使用という不法行為によってもたらされたと考えるのは非現実的であるとした。最後に、連邦最高裁判所は、控訴裁判所では単一侵害理論の方が妥当であったかもしれないとの意見であった点に留意しつつ、各侵害について25,000ドルの罰金を科すに至った不正競争法に係る原告の例を引き合いに出している。そして、最高裁判所は、第9巡回区控訴裁判所の判決を棄却して差し戻した。
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Punitive Awards Challenged as Excessive Must Be Reviewed Under De Novo
Standard'
(Page 56-57, Volume 62, Number 1524, May 18, 2001)
〈米国〉
特許(Means-Plus-Function)
その構造(structure)が機能(function)を果たし(performing)得る
というだけでは、対応・一致(corresponding)とは言えない
1. 2001年4月20日、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、「血管ステント(intravascular
stent)についてのmeans-plus-functionクレームの機能(「隣接する要素を互いに接続する」という機能)は、かかる構造との対応関係が明確化されていると認められる「螺旋状湾曲ワイヤ」及びその均等物に対応すると解釈され、開示されたその他の構造(直線ワイヤやフック)が仮に上記クレーム機能を果たし得るとしても、明細書や出願審査経過包袋中に上述のmeans-plus-functionの機能と当該開示された構造とを明確に関連付ける記載がない場合には、B.
Braun Med. Inc.対Abbott Labs.のtestを満たさず、従って当該他の構造は米国特許法112条§6にいう「対応する」ものとは認められない」との判決を下した(Medtronic
Inc.対Advanced Cardiovascular Sys. Inc.連邦裁判番号00-1205, 4/20/01)。
2. Medtronic社は血管ステントに関する一連の特許および特許出願の譲受人である。
ここで、血管ステント(intravascular coronary stent)は、コイル中の風船と共に血管中へ挿入されて、血管の閉塞箇所に入ると、風船はコイルを拡張するために膨らみ、血管の閉塞箇所を押し広げるものであり、更に、風船がしぼんで引き抜かれても、コイルは形状記憶性から拡張された形状を保ち、その場にとどまって血管を開いた状態を保つようになっている。
ところで、Medtronic社の有する特許のうちの一つ(USP 5,653,727)は半径方向よりも長手方向に拡張してしまうことにより生ずる耐性上の問題点を解決するためのものである。
この問題の解決方法として、連続するステントコイル間でストレートワイヤ、フック、縫合糸を利用することが本件特許の明細書中に開示されており、Claim
11にはステントが「隣接する要素を互いに接続する手段」を有することが記載されている。
3. Medtronic社はAdvanced Cariovascular Systems(ASC)社を相手取り、同社のACS
RX Multi-Link StentがMedtronic社のUSP 5,653,727特許を侵害していると主張して告訴した。
被告ACS社のステントは円筒状で、拡張性のあるものであったが、その壁面はMedtronic社の特許のように螺旋状に巻かれたワイヤによって構成されたものではなかった。
審理の結果、地方裁判所は、クレームがカバーするのは螺旋状に巻かれたもの(あるいはそれに相当するもの(equivalents))のみである、と解釈して、非侵害というACS社の主張を認める判決を下したので、Medtronic社はCAFCへ控訴した。
4. Medtronic社は地方裁判所の判決に異議を申し立てた。即ち、地方裁判所の判決では、クレームされた「隣接する要素を接続する」機能に対応する唯一の構造は、連続したワイヤをらせん状に巻いたものである、というものであったが、これに対しMedtronic社は、開示されたストレートワイヤとフックはクレームされた機能(隣接する要素を接続する機能)を実現するのに対応した構造として法的的確性があると反論した。
しかし、CAFCは次のような理由によってこの主張を退けた。
(1)開示されたストレートワイヤとフックという構造はクレームにmeans-plus-function形式で記載された機能を実現し得るが、これらの構造が、クレームの当該機能と明確にリンクも関連もされているとは認められない。
(2)ストレートワイヤやフックの機能は、明細書の記載から明らかなように、隣接する螺旋状の要素を接続するものではなく形成されたコイルの伸び過ぎを防止するものである。
(3)Claims 7と18はそれぞれClaims 1と11に従属しており、このClaims 7と18において、隣接する要素を接続するための手段は、端部同士を結ぶ螺旋状巻線であると記載されてはいても、特許権者は、隣接する要素を接続するための手段が直線ワイヤ、フック、もしくは縫合糸であっても良いとする従属クレームを作らなかった。(もし作っていたら上述(1)のリンクは容易に認められていたことであろう。)
5. そして、最終的に、直線ワイヤやフックや縫合糸などを利用することを明確にする補正は、上述の伸び過ぎ防止に対して重要とは認められても、隣接する要素の接続に対して重要である旨が明確に関連付けられているとは認められないとCAFCは認定し、侵害を形成しないことが、JMOL(judgment
as a matter of law)に基づき確定した。
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Structure Capable of Performing Function Is Not Sufficiently Linked As
'Corresponding''
(Page 619-620, Volume 61, Number 1521, April 27, 2001)
〈英国〉
「コンピュータソフトウエアには、未だ特許性が認められるべきでない」
英国政府が見解発表
英国政府は、去る3月12日、長く待たれていた、コンピュータソフトウエア、特にビジネス方法に対する特許性を否定する政府方針を継続するとの方針を発表した。これは米国でとられている取り組みに反するものである。
政府は、その諮問に対する政策報告書において次のように述べている。
「少なくとも今日まで、コンピュータを用いたビジネス方法についての革新を要請する兆しはないし、それは、ビジネス方法が特許可能となった1998年より前の米国においてもまたなかった。コンピュータソフトウエアやビジネスの実行方法について特許を与えるべきか?この分野は激しい革新が特徴的である。ビジネス方法のための何らかの形の特許性が認められるべきとする人々は、それが革新を増進するかもしれないということについて未だ必要な証拠を提示していない。そのような証拠が得られない限り、またそのような証拠が得られるまでは、ビジネスの実行方法に特許性は依然として認められるべきでない。」
英国政府の結論には下記を含んでいる。
1. ソフトウエアの特許性について特別な変更はない。
2. ビジネス方法は依然特許性がない。
3. 法律はこの点について必ずしも明確でない。この問題を明らかにするため、欧州委員会の緊急の行動が必要である。
キム・ハウエル消費者問題担当大臣は、「我々が到達した結論をEU諸国に進言する。そして、我々の結論を具体化する早期の指令とそれにより条約が統一されることを強く求める。」と述べた。
英国政府の決定は、下記のサイトでオンラインで入手可能である。
http://www.patent.gov.uk/about/consultations/conclusions.htm
欧州委員会の諮問の詳細は下記のEU域内市場の一般管理用サイト上で入手可能である。
http://europa.eu.int/comm/internal_market/en/intprop/index.htm
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"World Intellectual Property Report"
'Computer Software Should Remain Unpatentable, Government Decides'
(Page 10-11, Volume 15, Number 4, April 2001)