● 国際活動委員会からのお知らせ(2001年10月)
〈米国〉
著名なバレエダンサーの相続人は、彼女の名前をマークとして登録しても、
その名前の使用を禁ずることはできない、とした判決
1. 世界的に著名なバレエダンサーであったマーサ・グラハム(Martha Graham)の唯一の財産相続人ロナルド・プロタス(Ronald Protas)は、たとえ彼がその名前について連邦商標登録を受けていても、"Martha Graham technique" を教えている学校による彼女の名前の使用を禁ずることができない、と合衆国ニューヨーク州南部地区地方裁判所は2001年8月7日に判示した(Martha Graham School and Dance Foundation Inc.(プロタス))対(Martha Graham Center of Contemporary Dance Inc.(センター、スクール))。
同地方裁判所は、ライセンシー禁反言の原則の下でも、スクールは、商標登録者プロタスを制してその所有権を主張することを妨げられないとして、グラハムの財産相続人プロタスにより求められた差止命令を拒絶したが、それは、グラハムがスクールに対して教育目的での彼女の名前の使用を許可するという使用許諾が取り消しできないものである故に、スクールは、自身の名義による先使用権を持っているとの結論に立脚するものであった。
2. Martha Grahamのマーク
被告であるセンターとスクールは伝説的ダンサーで、振付師のMartha Grahamによって、夫々1948年及び1956年に設立された。グラハムは1991年に死亡した。
原告であるロナルド・プロタスは、グラハムの遺言による唯一の相続人である。1993年プロタスは、"Martha Graham"と"Martha Graham technique"について自身の名義で商標登録出願したが、この出願書類において、そのマークの所有者であることを主張した。特許商標局は、1995年、プロタスに連邦登録を与えた。
その後、プロタスは、グラハムから相続した知的財産の総てをライセンスするための信託(Martha Graham School and Dance Foundation Inc.)を創設し、自らを唯一の被信託人及び信託受益者に任命した。1999年プロタスは、センターとスクールに、Martha Grahamの名前を使用する権利を許諾することに合意した。しかし、センターとスクールは、事業を中止し、ライセンス契約を終了した。
センターとスクールが再開したとき、プロタスは商標権侵害として、彼らがMartha Grahamの名前を使用すること及び Martha Graham techniqueを教授することを禁ずる差止命令を求めて提訴した。
3. ライセンシー禁反言(Licensee Estoppel)
プロタスは、ライセンシー禁反言の原則によれば、1999年のライセンス契約をしたことにより、スクールとセンターが、彼が登録したマークの有効性を争うことは禁止されるから、スクールとセンターは、Martha Grahamの名前を継続使用する権利を主張することは許されないと主張した。
セダバウム判事は、これに同意しなかった。ライセンシー禁反言の原則は通常、ライセンスを得て名称を使用するライセンシー(被許諾者)が、ライセンサー(許諾者)に対してその所有権を主張することを排除するものであるが、この原則は衡平法上の問題以外のなにものでもなく、硬直的な適用はすべきでないと同判事は指摘した。
同判事は、本件について同原則を適用することは、衡平に反すると判示し、プロタスが商標登録を取得した手段、ライセンス契約の用語、当事者間の関係の総てがライセンシー禁反言原則の適用を否定するものだとした。
同地方裁判所は、プロタスがその商標登録出願において、「センターとスクールは、グラハムの存命中に、グラハムとの口頭による合意の下にそのマークを使用してきた」と述べたことにより特許商標局を欺いたと判断した。同裁判所はさらに、実際のところ、その使用権がグラハムの存命中に限定されるとか、取り消し可能であるとかいう証拠は存在せず、従って、スクールとセンターは、この名前を教育サービスについて使用する権利を有していると述べた。さらに、判決は、グラハムの遺言によれば、彼女が死後もセンターとスクールが継続することを期待していたことをプロタスは知りながら、マークを自分の名義で登録したという証拠が示されると述べた。
加えて、セダバウム判事は、プロタスは、センターとスクールに対して、その理事(出願、登録当時被告の理事であった)としての地位に由来する信託上の義務を有するが、そのマークをプロタスがその義務客体団体に不利する目的で登録することは、信託義務に反すると述べた。
4. フロードと先使用の抗弁
スクールとセンターは、仮に、問題のそのマークの登録が有効であり、侵害が認定されたとしても、プロタスがその登録を不正手段により取得したのであるから、彼の差止命令要求は認められないと主張した。
これに対しセダバウム判事は、プロタスが、出願手続において、グラハムがスクールとセンターに自身の名前の使用を口頭で許諾していたと偽って述べたこと、及び、スクールとセンターがGrahamの名前を使用する権利の保有者であることの明白かつ説得力ある証拠があること、が認められると再強調した。しかし同判事は、プロタスは愚かにもまた無謀にも出願において誤った事実を述べたが、彼が真実を知った上で隠蔽していたこと及び特許商標局を欺こうと意図していたことを示す明白で説得力ある証拠はなく、従って、証拠は、プロタスの特許商標局に対する詐欺を立証するのには十分でないと判示した。
センターとスクールは、ダンス教育に関して、彼らがMartha Grahamの名前の先使用権者であると主張した。これに対しプロタスは、スクールとセンターは、グラハムから彼女の名前の使用について限定された許諾を受けていたにすぎず、グラハムは、彼女の名前の使用権を取り消す権利を留保していたのであり、グラハムの当該同意取消権は、グラハムの遺言の規定によりプロタスに引き継がれ、彼が保持していると主張した。
裁判所は、プロタスのこの主張に同意せず、グラハムが存命中に名前の使用料の支払いを受けていたという証拠はなく、さらには証拠によれば、グラハムが、彼女の同意が取り消しできない性質の権利譲渡であることを理解していたと認められるので、スクールとセンターがMartha Grahamマークの先使用権者であると判示した。
全文は、http://pub.bna.com/ptcj/01271.pdfで得られる。
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Dancer's Heir Can't Bar Use of Her Name Even Though He Registered It as Mark'
(Page 361-362, Volume 62, Number 1536, August 17, 2001)
〈米国〉
“権利回復禁止ルール(Recapture Rule)”に違反した
再発行(Reissue)特許
米国連邦巡回区控訴裁判所は2001年7月25日、基礎となる特許出願が許可段階に至るまでの過程で補正や反駁により放棄した発明が再発行特許中のクレームにおいて記載されているため、この再発行特許は“権利回復禁止ルール(Recapture Rule)”違反により無効であるとの判決を下した(Pannu対Storz Instruments Inc., No. 00-1482)。
ジョスワント・パンヌ博士は、眼球レンズの代わりとして眼に移植する人工眼内レンズの発明者である。当初の出願においてパンヌ博士は、レンズの位置を定めるために眼の組織に接触するレンズの“ハプティクス(haptics)[訳注−@]”を開示しており、後の一部継続出願においてはレンズと一体化されたハプティクスをクレームしていた。自明性に基づく拒絶を受けた後、パンヌ博士はクレームを削除して新たに独立クレーム16を追加するとともに、様々な理由を挙げて本願の特許性を主張した。審査官はこの主張を受け入れ、パンヌ特許(4,435,855)は1981年[訳注−A]に発行された。
1985年、パンヌ博士は、必要以上にクレームを狭く限定し過ぎたとして再発行特許出願(Reissue Application)を行った。パンヌ博士が、“前記レンズ体の直径より大きな直径を有し且つ該レンズの外周に向かってカーブする連続的で実質的に円形の弧を形成し、自由端でその弧が終端する(defining a continuous, substantially circular arc having a diameter greater than the diameter of said lens body, said arc curved toward said lens circumference and terminating in a free end)”という限定を削除したのち、審査官はこの再発行特許出願を許可した(32,525)。続いてパンヌ博士はストルツ・インストゥルメント社に対し訴訟を提起した。米国フロリダ州南部地区地方裁判所のウィリアム・ディミトルレアス判事は、当該再発行特許は当初の特許(4,435,855)取得の際に断念した発明内容を不当に回復するものであるとの略式判決を下した。
連邦巡回区控訴裁判所(Federal Circuit)はこの判決を支持し、ロバート・メイヤー裁判長は、削除された限定事項及びハプティクスの形状に関するパンヌ氏による『当初の特許が必要以上にクレームの範囲を限定している』との自認を根拠に、「再発行特許におけるクレーム1は、当初の特許(4,435,855)のクレーム1より請求範囲が広い」とコメントした。
『特許発行までの手続きにおいて放棄された発明の主題は、再発行特許における範囲の広いクレームとは無関係である』とする主張も裁判所は斥けた。先の特許(4,435,855)が許可となるまでの流れにおいて、クレーム16に“連続的で実質的に円形の弧(continuous, substantially circular arc)”という限定を加えたこと、及び、その際パンヌ氏が主張した内容からは、'855特許に係る請求範囲が“連続的で実施的に円形の弧(continuous, substantially circular arc)”を含まないという解釈は成り立たない、とメイヤー裁判長は記述している。
また、同控訴裁判所は「この再発行特許におけるクレームの請求範囲が他の点で非常に狭いからといって、これらのクレームが権利回復禁止ルール(Recapture Rule)を回避するものと断言することはできない」とした。また、メイヤー裁判長は「“連続的で実施的に円形の弧(continuous, substantially circular arc)”という限定はハプティクスの形状に関する記載である一方、再発行特許において狭く限定したのは、これと異なり、引掛り抵抗手段(snag resistant means)の配置及び大きさに関する側面であって、両者を互換的にみることはできない」と述べている。
訳注: @ "haptics"はパンヌ特許の クレームにおいて"element"として表現される構成要素に該当(訴訟議事録による)
A 実際は1984年
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Reissue Patent Violated 'Recapture Rule''
(Page 318-319, Volume 62, Number 1534, August 3, 2001)
〈米国〉
特許/自明性
自明性判断が、より前審拘束的な実質証拠判断基準下においても誤りである
とされたケース