● 国際活動委員会からのお知らせ(2002年3月)
〈米国〉
18ヶ月公開日に関する最終規則
2001年12月28日、米国特許商標庁(USPTO)は、特許出願の18ヶ月公開日を決定する最終規則を発行した。この規則は、PCTに基づく先の出願の利益を主張する期間、および英語以外の言語による仮出願の英語翻訳文を提出する期間を改正するものである。
(1) 先の出願日の利益について
米国発明者保護法〔AIPA〕(1999年)は、特定の出願について、優先権の利益が求められている最先の出願日から18ヶ月後に公開することを規定している。
AIPA§4503(a)により、米国特許法第119条(b)が修正されて、対応する外国の出願を特定する主張が特許出願の係属中に提出された場合を除き、当該特許出願は第119条(a)〜(d)に基づく優先権の利益を享受することができない、との規定になっている。また、米国特許法第119条(e)及び第120条もAIPA§4503(b)により修正されて、先の出願に関する「具体的言及(specific reference)」を含む補正が特許出願の係属中に提出された場合を除き、当該特許出願は先の出願の利益を享受することができない、と規定するようになった。米国特許法施行規則§1.78参照。
これに対し、2001年秋、米国特許商標庁は、18ヶ月公開の規則に基づき、先の出願に基づく利益を主張する期間及び英語以外の言語でなした仮出願について翻訳文を提出する期間を改正する規則を提案した。この提案された規則は、12月28日の通告によって最終的なものとなる。
(2) 最終規則について
規則制定手続準備中に、米国特許法施行規則§1.78が改正され、先の出願日を主張する要件は、米国特許法第111条に基づいてなされた出願、または§363に基づいてなされた国際出願であって§371に基づいて国内段階に移行した出願に適用されることが明らかになった。新たな改正によれば、国際出願に関して§119(e)及び§120に規定の具体的言及の要件は、国際出願書類の中で先の出願に具体的に記載することで満たされる。
§1.78(2)の改正には、国内出願及び国際出願で具体的言及を提出する期間が以下のように規定されている。
・後の出願が§111(a)に基づく出願の場合、その具体的言及は、後の出願の実際の出願日から4月又は優先権主張の基礎となる出願の日から16月のいずれか遅い日までに提出しなければならない。
・後の出願が仮出願以外の出願であって国際出願から国内段階に移行した出願である場合、具体的言及は国内段階開始日から4月又は優先権主張の基礎となる出願日から16月のいずれか遅い日までに提出しなければならない。
このように、本改正は、4ヶ月の期間が、国際出願の実際の提出日ではなく、米国特許法第371条(b)又は(f)に基づく国内段階開始日から計算されるものであることを明らかにするものである。
新たな米国特許商標庁の規則はまた、英語以外の言語でされた仮出願について翻訳文の提出する期間及び要件を変更するものである。現行の規則1.78(a)(5)は、英語以外の言語でされた仮出願に基づく出願日についての利益に関する主張は、英語の翻訳文が所定期間内に提出されなかったときは放棄されたものとして扱うことを規定している。しかし、新たな規則では、翻訳文の提出を怠った出願人にはその旨が通知されると共に、出願(仮出願以外の出願)が放棄されたものと取扱われることを翻訳文の提出により回避する期間が与えられる。
米国特許商標庁の12月28日の通知はまた、国内段階の開始について2001年8月30日に発行された暫定規則(66 Fed. Reg. 45775, 62 PTCJ 432, 9/14/01)について述べている。この暫定規則は、§1.491を改正して国内段階はPCTに規定する期間の満了と同時に開始されることを規定するもので、米国特許商標庁が開始時を設定できるようにする米国特許法第371条の改正を想定して行われたものである。この通知は、別の最終的な規則制定手続において上述の変更案が採用される予定であることを指摘している。
(3) コメント
新たな規定に関して米国特許商標庁が受け取った7つの意見の殆どが本改正を支持するもので、また追加の変更を提案する意見も複数あった。米国特許商標庁は、規則改正の意図を明確にすることで、それらの意見に応答するとともに、規則1.78(a)(2)(ii)及び(a)(5)(ii)の期間は、2000年11月29日前の出願には適用しないことを明確にすべきであるという意見を採用し、規則1.55及び規則1.78をそのように変更した。
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Final Rules Are Issued For 18-Month Publication Date'
(Page 181-182, Volume 63, Number 1554, January 4, 2001)
〈米国〉
用語の追加は出願経過禁反言上クレームの範囲を狭めることにならない
クレームの用語"output signals"(出力信号)を"output transform calculation signals"(出力変換量計算信号)に変更することは出願経過禁反言を生み出す限縮的補正に当らないと、米国連邦巡回区控訴裁判所(以下、「CAFC」ともいう。)は判示した(判例:Interactive Pictures Corp. 対 Infinite Pictures Inc., Fed. Cir., No. 01-1029, 2001年12月20日言渡)。
均等論侵害についての賠審の評決を追認しつつ同裁判所は、「当事件における用語の追加は、最初に用語形成したクレームに示唆されていたものを表現しただけであってそれ以上の何物も行っていない。被疑侵害製品中に同一の機能を欠くとして米国特許法第112条に規定する文言侵害がないとされたからといって、均等論侵害が自動的に成立しなくなる訳ではない。」と判示した。
均等論上の侵害
インタラクティブ・ピクチャーズ社(以下、「インタラクティブ社」ともいう。)は使用者に修正透視図法の半球状視野の特定位置が視えるようにする画像上映システムに関する米国特許第5,185,667号(以下、「'667特許」という。)を所有している。このシステムは魚眼レンズを装備した撮像カメラ、入力メモリ、「画像変換装置」及び出力装置を使用している。
「画像変換装置」は、入力メモリより円弧状画像データを読取り、ユーザが移動量及び傾斜角を入力して該画像中の興味ある範囲を特定するのを受けつける。然る後、該範囲の画像データを数学的に変換して魚眼の歪を矯正し、システムの出力装置に対し該範囲の修正透視画的映像を出力する。魚眼レンズカメラを備えSmoothMove Panorama Web Builderソフトウエアを実行するインフィニット・ピクチャーズ社(以下、「インフィニット社」ともいう。)のコンピュータが '667特許を均等論下で侵害するとしてインタラクティブ社は訴訟を提起した。
賠審員は'667特許のクレーム1-8が侵害されており、これらクレームは無効でないとし、インタラクティブ社への百万ドルの損害賠償を認めた。テネシー州東部地区地方裁判所のレオン・ジョーダン判事はインフィニット社の各種の申立を否認した。インフィニット社はこれに対し控訴した。
禁反言論争
インフィニット社は、インタラクティブ社による均等論侵害の主張はフェスト社対燒結金属工業(株)件判決234 F.3d 558, 56 USPQ 2d 1865(Fed. Cir. 2000)(61 PTCJ 104, 12/1/00)に係る判例法に規定する出願経過禁反言の原則により認められないと反論し、「出力信号」なる用語が「出力変換量計算信号」なる用語に置換えられたことから、'677特許の「画像変換処理手段」なる限定詞は出願経過手続中で限縮的補正がされたものと考えられ、当該補正はクレームした出力信号の性質を変更するものであると主張した。
連邦巡回区控訴裁判所は、これに不同意である旨表明した。「変換量計算」なる用語の追加はもともとクレームされた用語中に内在していたものを表現した以上の何物でもないから、限縮的補正ではないとアラン・ローリー判事は述べ、従って、補正は実質的に特許性に関する理由のためになされたものでないとし、根拠にワーナー・ジェンキンソン社対ヒルトン・デービス事件判決, 520 U.S. 17(1997)(53 PTCJ 368, 381, 3/6/97)及びターボケア対ゼネラル・エレクトリック社事件判決264 F.3d 1111, 60 USPQ 2d 1017(Fed. Cir. 2001)を引用した。
被告インフィニット社はまた、「画像変換処理手段」についての均等論侵害を主張することは、原告が出願人としてジュダイ特許(USP第5,067,019号)との差別化を図ろうとした経過手続中に照らせば認められない、と主張した。インフィニット社によると、'667特許に係る発明では1段階からなる変換システムであるのに対し、ジュダイ特許では2段階からなる変換システムである点で相違することを出願人(原告)は、特徴付けたというものである。
出願人(原告)は、画像を再マップするための別の「参照」表を使用しない限り、ジュダイ特許のシステムでは異なる方向、回転角、拡大度の映像を生み出すことはできない、と説明していたことに照らし、ローリー判事は、参照表を広範囲に亘って変動させるのはリアルタイムでは実際的に無理であり、被告の主張は使用者のパラメータにリアルタイムで反応する能力にのみ関連しているので、インフィニット社の2段階からなる表示ソフトウエアについての均等論侵害の主張を退けることはできない、と判示した。
均等物に対する先行技術限定
同控訴裁判所は、原告特許の均等範囲が特定の先行技術対象にまで不当に拡張されているとするインフィニット社の主張を斥けた。許容される均等の範囲を確定するためには、被疑侵害装置を文言上カバーする仮定的クレームが米国特許法第102条及び第103条下で特許性がなければならないとローリー判事は説明し、根拠としてウィルソン・スポーティング・グッズ社対ディビッド・ジェフリー社事件判決904 F.2d 677, 14 USPQ2d 1942(Fed. Cir. 1990)を挙げた。連邦巡回区控訴裁判所は被疑侵害装置を文言上カバーする仮定的クレームは先行技術に照らして予見性、自明性がないとする賠審員の見解に同意した。
ミーンズ・プラス・ファンクション構成要件
インフィニット社は「画像変換処理手段」という構成要件はSmoothMoveソフトウエアにはそのままの形で存在しないことを理由に、インタラクティブ社は均等論侵害を主張し得ず、またSmoothMoveソフトウェアに存在している均等な特徴は、'677特許に先行する技術であるとし、その主張の根拠としてチウムミナッタ・コンクリート・コンセプツ社対カーディナル・インダストリー社事件判決145 F.3d 1303, 46 USPQ2d 1752(Fed. Cir. 1998)(56 PTCJ69, 5/21/98)を引いた。
連邦巡回区控訴裁判所はこれをも退けた。チウムミナッタ事件についてローリー判事は、均等論侵害に係るクレームは、ミーンズ・プラス・ファンクション形式のクレームの文言侵害に対する特許明細書中の構成と「均等」でないとされた構成を根拠とすることはできないと判示した。
然しながら、被疑侵害装置はクレームに係る作用と同一の作用をしているとは限らないところ、米国特許法第112条(6)下の文言侵害が否定されるからといって均等論侵害が自動的に否定されるわけではない、と説明し、判例法上の根拠としてWMSゲーミング社対インターナショナル・ゲーム・テクノロジー事件判決184 F.3d 1339, 51 USPQ2d 1385(Fed. Cir. 1999)(58 PTCJ 356, 7/22/99)を引いた。さらにその根拠として同判事は、均等論下の侵害は実質的に同一の機能を備える被疑侵害品と特許発明との構成を前提とする一方、ミーンズ・プラス・ファンクション表現に対応する明細書に開示される構成は真性同一の機能を遂行せねばならない、と説明した。
均等論下の事実認定
連邦巡回区控訴裁判所は、SmoothMoveが'677 特許の「画像変換処理装置」なる構成要件と実質的に同様な構成を含んでいるという賠審員の認定は実質的証拠によって支持されている、とするインタラクティブ社の主張を認めた。
ローリー判事は、SmoothMoveViewerは「.pan」ファイル形式のみに適応するものなのでSmoothMoveの「equirectangular panorama.pan」ファイルはクレームされたデジタル化済魚眼画像データと互換性はない、とするインフィニット社の主張を退けた。コンピュータデータファイルにおいて非互換性があったとしても、必ずしもそれが実質的相違を生ずる程度にまで達するとは限らないと判事は説明し、侵害装置の構成が特許クレームの構成要件と実質的に同一であることのみをもって特許クレームは侵害されていることになる、と追加説明した。
同控訴裁判所は、クレームに係る「手段」は動画に関するリアルタイムでの画像変換をなし得るのに対しSmoothMoveは静止画像のみの変換をなし得る点で、「画像変換処理手段」とSmoothMoveプログラムとはその機能、方法及び結果において相違するとするインフィニット社の主張を却下した。
動作に関連して動画をリアルタイムで変換する能力は、ローリー判事によると、「画像変換処理手段」の機能、方法、あるいは結果の何れでもないとされた。
よって、インフィニット社の主張は賠審員の均等論についての事実認定が実質的証拠によって支持し得ないとするいかなる前提上の欠陥も指摘し得ない、としてローリー判事は、インフィニット社が公判後に均等論問題に係る事実認定についてした動議を地方裁判所が否認したことを追認した。
同控訴裁判所は賠審員による損害賠償認定を実質的証拠により支えられると認め、該認定を覆すことを拒否した。
PTCJのコメント
連邦最高裁におけるフェスト社事件口頭弁論は来る1月8日に行われるが、12月21日の本事件判決によって、CAFCは、フェスト判決における出願経過禁反限の原則は不合理に適用されるべきではないとする判断を一週間もしないうちに立て続けに出したことになる。即ち、12月17日には、CAFCは「楕円」なる用語に「長半径」なる用語を追加するのはクレームを狭めるものでなく、「楕円」なる用語において潜在的に表されていた意義を表現したに過ぎない、と判示したのであった。(ボーズ社対JBL社事件判決, Fed. Cir., No. 01-1054, 12/17/01(63 PTCJ 163, 12/21/01))
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"Patent, Trademark & Copyright Journal"
'Added Words Did Not Narrow Claim for Prosecution History Estoppel'
(Page 178-179, Volume 63, Number 1554, January 4, 2001)
〈欧州〉
商標/並行輸入
欧州裁判所:並行輸入に関する事件で商標権者側に立った判決
1. 概要
2001年11月20日、欧州裁判所は、長く待たれていた商標の真性商品並行輸入事件に関する併合訴訟について判決を下した。ジーノ・ダヴィドフSA対A&Gインポーツ(C-414/99)、レヴィシュトラウス・アンドカンパニー・アンド・アノー対テスコストアーズ・アンド・アノー(C-415/99)、レヴィシュトラウス・アンドカンパニー・アンド・アノー対コスト・ホールセイルUK(C-416/99)。欧州裁判所は商標権者に極めて有利な判断をなすにあたり、商標施行令(89/104/EEC)の正しい解釈に立つならば、商標を付した商品が欧州経済区域外の市場に置かれる場合、商標権者は、並行輸入に同意していない限り、自らの商標権を用いて欧州経済区域内への輸入を阻止できるとし、このような商標権者による同意とは明示的でも黙示的であってもよいとする一方、黙示の同意を推認し得る場合はおのずから限定される、と判示した。
2. ダヴィドフ事件
ジーノ・ダヴィドフ(以下、「ダヴィドフ」という。)は高価格な贅沢品の製造業者であるとともに、トイレタリー商品及び化粧品の幅広い範囲を指定商品とする「Cool Water」及び「Davidoff Cool Water」なる2商標に係る商標権者である。ダヴィドフ製品はフランスで製造され、全世界に供給されている。
ダヴィドフの国際販売戦略の梗概によれば、同一製品を同じ包装に包み同じ商標を付してもアジア市場に出した場合とヨーロッパ市場に出した場合とでは価格にかなりの差が生じることになる。一方、A&Gインポーツ(以下、「A&G」という。)は並行輸入をもっぱらの業とする企業であり、具体的には、ある国においてある価格で購入した商品を別の国でこれよりも高値で販売する、という事業を行っている。
ダヴィドフは、商標施行令(締約国の商標権関連法律と近似させた1988年12月21日発効の第1諮問会議施行令(EEC)89/104のことをいい、以下、単に「令」という。)第5条に基づく商標権侵害のかどでA&Gを訴え、自身の商標権は令第7条(1)のもと消尽していないと主張した。
令第5条によれば、登録商標の所有者には当該商標に関する排他権、特に、商標権者の同意を得ていない第三者が商取引において登録商標に係る商品もしくは役務について当該登録商標と同一の商標を使用することを禁ずる権利が与えられることとなり、他人の商標権に係る商標を付した商品を輸入し輸出する行為はこの条項を根拠に禁ぜられることになる。
令第7条(1)によれば、登録商標を付した商品が当該商標の所有者により、あるいは、その同意において欧州共同体内の取引市場に置かれていた場合には当該登録商標所有者は当該商品について当該商標を使用することを禁止することができない、つまり、商標権が消尽されたことになる。この原則に限定を与えているのが令第7条(2)であり、これによれば、欧州共同体内の取引市場に当該商標を付した商品がすでに出回っていた場合に、その商標を付した商品のさらなる商業取引に反対することについて合理的な理由が存在するならば、商標の所有者は、その商標を付した商品の欧州共同体内での再販売を防止することができる、とするものである。
欧州経済区域外で流通に置かれた商品が当該区域内に持ち込まれ販売されたのであるから消尽論は適用されないし、適用し得ない、と主張したダヴィドフは、その主張の裏付けとして「シルエット・インターナショナル・シュミード対ハートラウアー・ハンデルスゲゼルシャフト」事件判決で欧州裁判所が、欧州経済区域外の流通経路に置かれた製品に関する商標権の国際的消尽について締約国が自国の国内法で定めることは許容されていないと判示したことを挙げた。
A&Gのあらゆる在庫は直接的にせよ間接的にせよ欧州経済区域外で調達されたに違いないと考えられるので、商標権は消尽しておらず、令第5条の規定に基づき、これらの品物についての当該商標の使用及びその商品の輸入を禁止する権利が与えられるべきであると、ダヴィドフは主張した。
これに対しA&Gは、英国商品販売法によれば、当該商標を付した商品を欧州経済区域外の流通市場に置いたということは、ダヴィドフが当該商品の欧州経済区域内での再販売に同意したと考えることが許容されるべきである、と主張した。これに対しダヴィドフは、この種の同意推定は実効上、裏口的不法メカニズムに他ならず、「シルエット・アンド・ズィバゴ対GB−ユニック」事件で法務部長がどの締約国にも許されていないと判示した権利の国際的消尽を課すものであるとして反論した。当該事件でその法務部長は、商標が付され欧州経済区域外の流通市場に置かれた商品との関連で商標権の消尽を規定するような国内法は第7条(2)に違反している、とした。
3. 英国高等裁判所判断
ダヴィドフからの略式判決の申立を受けてラディ判事は、本件において決定を要する問題は、商品の欧州経済区域内への輸入にダヴィドフが同意したか否かであるとし、ズィバゴ事件では欧州経済区域内における当該商標を付した指定商品の販売には同意しないが同商標を付した指定商品と非同一類似商品の販売には同意した場合に商標権者が域内への輸入を阻めるかどうかが問題となったものであり、ズィバゴ事件と本件の問題点との関連性はない、とした。
欧州経済区域外の流通市場に置かれた商品の欧州経済区域内への輸入をダヴィドフが阻止し得るか否かに関してラディ判事は、商標権者がさらなる商品の流通に明示的に同意しない限り商標権者は欧州経済区域外で販売された商品の自由な流通に反対すると推定するとの論拠はいかなる判例法上にも、共同体法上にも存在しない、と判示した。
むしろ、再販売あるいは再流通に対する実効的な制限を商標権者が課そうと思えば課せたであろうが実際には課さなかったというような状況下で当該商品が流通市場に置かれた場合には、当該商品の購入者は欧州経済区域内も含めどこでも所望のところでその商品を販売する自由を有し、商標権者はそのような販売に同意したものとして扱うべきである、とラディ判事は判示した。
ダヴィドフがアジアの流通業者と交わした独占的流通契約の文言を精査した上で同高等裁判所は、当該契約がダヴィドフ商品を欧州経済区域外の一定の定められた区域内でのみ流通業者が販売することについて規定し当該区域内での別の業者による再販売を禁止するものであろうとも、2次流通業者、2次代行者、及び小売業者は、これらを同区域内で自由に販売することができ、これについてダヴィドフは購買者の再販売の自由を制限することも、自身の商標権を留保することも、この留保を購買者に通知することも、あるいは購買者に対して法的拘束力を伴ういかなる義務を課すこともあたわない、と判示した。
こうしてダヴィドフの略式判決の申立は高等裁判所によって退けられたが、令の解釈について、特に令第7条(1)の「同意」の意味をどう解釈するかについて、審理は継続したままであった。
4. 欧州裁判所判断
欧州裁判所はシルエット判決で説示された判例法、つまり締約国は自国の法律制定によって権利の国際的消尽を導入してはならないとする法を改めて確認した。令は商標権者の権利が消尽する場合を欧州経済区域内の流通市場に商品が置かれるときに限定しており、商標権者が当該区域外でその商品を販売する場合には欧州経済区域内での商標権は消尽されていないとした。
英国高等裁判所のラディ判事の見解とは反対に欧州裁判所は、令第7条(1)の正しい解釈に立てば、商標権者により、あるいはその同意のもと欧州経済区域外の流通市場にかつて置かれた商品であって、当該登録商標の付された商品を欧州経済区域内で再販売することに対して商標権者が与える「同意」とは、自身の商標権を断念するという意思が明示的に表現されたものでなければならない、とした。
こういった意図は通常、同意書という表現形態をとって現れるが、該区域外の流通市場に商品を置いたのと前後して起こる、あるいはそれと時を同じくして起こる事実及び状況であって、当該商標権者が同区域外市場に商品を置くことに反対する権利を断念したことを示していると国内司法が判断する根拠になりうる事実及び状況が確認できる場合には、かかる「同意」は黙示的なものであってもよい、と欧州裁判所は判示した。
結局のところ、かかる「同意」は肯定的に表現されていなければならず、商標権者が単に沈黙していることをもって「同意」を推測することはできないことになる。この点、欧州裁判所はさらに、
(1) 商標権者が、同区域外市場に置かれた商品を区域内で再販売することに反対する意図を、その商品のその後の購買者全員に対して伝えていなかったこと、
(2) 当該商品に、区域内流通市場に置かれることを禁止する旨の警告がついていなかったこと、
(3) 商標権者が、当該商標を付した商品の所有権を移転するにあたり、契約上のいかなる留保も課さなかったこと、及び、契約一般に適用される法律によれば、所有権の移転は、留保規定がない場合には、制約のない再販売権、もしくは、少なくとも後続的に欧州経済区域内で商品を販売する権利を伴うとされること、
によっては、黙示の同意は推定し得ない、と判示した。
商標権の消尽問題についての考察に関し欧州裁判所は、当該商標を付した商品を欧州経済区域内流通市場に置くことやそこで正式権限を有する小売業者以外の取引業者が販売することに商標権者が反対しているということを当該商品の輸入業者が知らなかったということは関係がない、とし、さらに商標権者がそのような反対意図を知らせたにも拘らず権限を有する小売業者や卸売業者がかかる商品の購買者に対して契約上の留保事項を課さなかったという事実も無関係である、とした。
5. コメント
上記欧州裁判所判決は商標権者にとってよい知らせであることは明白であるが、いまや振り子は商標権者側に傾きすぎたということになるのであろうか?これについて見解は分かれている。
一方において、上記欧州裁判所判決は極めて公正であるということもできる。一般的に消費者は、ブランドのもつ排他性及びイメージゆえに高級ブランド品を購入する。もし購買者が、商標権者がブランドイメージ促進のために投資した成果を得たいのなら、これに対価を払うべきである。もし法が、商品を別の流通市場から安価に輸入するのを許容するのならば、おそらく商標権者は、その市場においてのブランドの推進のための時間・金銭の投資を止め、当該ブランドは徐々にその排他性とイメージとを失うことになろう。
商行為上の現実においては、商標はいまや品質を表示するものとして、「スタイルの象徴」として機能しており、国内における商標権者がある特定の流通市場における自商品の品質レベルについて決定し得るようにすることが肝要である。
これらの考えた方の一方で、代わりに恐らくもっとよく聞かれるであろう考え方は、欧州裁判所の判決によって、輸入を阻止しうることで商標権者は、世界の流通市場を間仕切り、国ごとに異なる単価設定をすることができるようになる、というものであろう。商標の目的とは、出所を示す標識であるし、これまでもずっとそうであった。商標が現在、商行為上の現実として品質やステータスをも意味するようになっているか否かということは無関係である。商標がそれが付された商品の出所を表すという目的に資する限り、当該商品が最初に米国の、あるいは英国の、もしくは中国の流通市場に置かれたかどうかということは、消費者にはほとんど何の相違ももたらさない。
欧州裁判所の上記判決は、商標権者の自社商品供給系統に対する締め付けを温存させ、商標権者が自身の商標権をたてに欧州経済区域外からの自社商品の輸入を阻止することを容認し結果競争を破壊する。これは元来商標制度創設にあたって盛り込まれた制度上の趣旨の意図するところではない。
われわれが上記の2つの考え方のいずれに立とうと、欧州裁判所の上記判決はひとつの転換点であるのは否定しようがない。商標を付した商品の欧州経済区域内への輸入とそこから先の取引とに商標権者が同意を与えたことを示す負担は今や重く並行輸入業者にのしかかることになった。商標権者のはっきりした同意がない場合には、同意が推定し得る状況を正確に定義することはますます困難なことになろう。
ここから必然的結論と考えられるのは、輸入業者は、商標権者が商品の欧州経済区域内への輸入に明示的に同意したこと、もしくは商標権者が当該商品の輸入に関連して自己の排他権を留保しなかったことを示す標記を何らかの方法により当該商品に付すこと、のいずれかを確立する必要が高まるであろう、ということである。
〈参考文献〉
BNA International Inc.
"World Intellectual Property Report"
'EUROPEAN COURT OF JUSTICE SIDES WITH BRAND OWNERS AGAINST PARALLEL IMPORTERS'
(Page 21-23, Volume 16, Number 1, January 2002)