最初の紙フィルムの特許で、弁理士の重要さを実感
東京都北区の板橋駅から5分ほど歩くと、下町らしい商店街が広がります。その少し奥に入ると、今回の水平開きノートを開発した有限会社中村印刷所があります。当日インタビューにお応え頂いたのは、水平開きノートを一から開発した2代目社長の中村輝雄さんです。そもそもなぜ、このようなノートを開発するようになったのか、その背景についてお聞きしました。
「この会社の社長は私で2代目なのですが、私が19歳から40歳位までの約20年間、商売は順調でした。その間、印刷業界は活版印刷から写植、そしてオフセット印刷へと業態は変化していくわけですが、パソコンで印刷できるようになり、2000年頃から注文がどんどん減っていったのです。中小企業が生き残るためには独自技術の開発が必要だということで、いろいろ考え研究しました。その結果出来上がったのが、オフセット印刷の刷版を安価にできる紙フィルムだったのです。その時私の友人が、『友達に弁理士がいるから相談してみるよ』と言って、話をしてくれたんです」
中村社長にとって、この時の経験が大きな転換点になったそうです。それまで先生といわれる士業の方には、どうも敷居が高く正直とっつきにくい印象があったそうですが、紹介された弁理士の方は親切にいろんな相談にも乗ってくれて、とても助かったとのことでした。具体的な内容について、このように語ってくれました。
「当初弁理士さんについてのイメージは、私達とはちょっと頭の構造が違うなという印象でした(笑)。ここは重要なポイントなんですが、文章が書けないと特許は出せないんです。特許の出願書類は、専門用語があったりして簡単ではありません。しかもこちらは仕事の合間にやっているわけですから、なおさら大変です。しかしその先生は、データを引用した資料作成も一緒になって手伝ってくれたのです。また、特許出願の場合、大抵は拒絶理由通知といわれる改善命令みたいなものが特許庁から届くのですが、それにも丁寧に対応して頂きました」
この紙フィルムでの特許出願の経験が、水平開きノートの大躍進の下地になっていきます。
産業展に来ていた学生さんの一言が発明のキッカケに
中村印刷所は、年1回開催される板橋区の産業展に紙フィルムとノートで出展されていました。当時は中国人の観光客の方の爆買いがブームで、中村社長はその方々向けに観光地のスタンプと切符貼り用の厚い紙のノートを開発したのです。するとその産業展に来ていた学生さんがその展示されているノートを見て、ノートは中央部分がどうしても山なりになってしまうと呟いたそうです。その時、中村社長は逆転の発想で、そこにチャンスがあるのではないかと考えたのです。では、具体的にどのようにして開発に成功したのかお聞きすると、想像を絶する開発秘話が飛び出しました。
「実は廃業に追い込まれた近隣の製本所の手助けをした縁で、その方がうちのアルバイトをしてくれることになりました。その方に早速産業展での出来事を相談したところ、そんなの簡単にできるよとのことでした。実はホラだったのですが(笑)、そんなホラからこの開発はスタートしたんです。この水平開きノートには、2年の歳月をかけました。一番重要なポイントは、束ねた紙がばらばらにならない強度と、簡単に平らに開く利便性を実現することでした。それを実現する鍵は、接着剤でした。当時私はホームセンターに行って、いろんな接着剤を買っては、塗り方や混ぜる比率を変えたりして日々試行錯誤していたんです。接着剤に関しては、計30種類以上は試したと思います(笑)。毎日大量の失敗作の紙が出るので、廃棄するのに苦労しました。その結果、切り込み部分を浅くして2種類の接着剤を使用することで、水平開きのノートが完成したのです」
この製本方法はノートだけでなく、書籍など幅広い用途への適用が期待されるほどの優れモノ。しかし、いくら優れた製品でも売れるとは限らないのが世の常ですが、この水平開きノートが大ヒットしたキッカケは意外な出来事からでした。
知り合いの孫のツイッターがキッカケで注目を浴びる
この水平開きノートは2014年に特許を出願し、同年6月に発売されました。完成当初は商品への評価は高かったそうですが、ほとんど売れない状態が続きました。当時中村社長は、廃業も視野に入れざるを得ないほど追い込まれていました。
2016年の正月、知り合いの方が『俺がノートの特許を取ったんだけど、売れなくて困ってるんだよ。誰か使ってくれないかな』と孫娘の方に呟いたのです。そして、その孫娘さんがその窮状をツイッターでつぶやいたところ、世間の注目を浴びたのです。
「当時、我社のホームページは、約4000ページビューぐらいだったのが、一気に10万4千まで伸びました。インターネットの影響力の凄さに、びっくりしました」
SNSでどんどん拡散し、マスコミも注目するようになった頃にはどんどん注文が舞い込むようになり、同年1月の数日間に3万冊の受注が来るようになったそうです。そして、この商品の特許出願にも、弁理士が活躍します。
「この水平開きノートは、北区の産業振興課に足を運んだ時、たまたまその階下での弁理士さんの無料相談会が実施されていたんです。そのブースが目に入ったので、気軽な気持ちで相談してみました。その先生は、目の前のパソコンで私の紙フィルムの特許出願を確認され、現場を見せて欲しいと言われたので私の会社にも3回以上も足を運んで頂きました。非常に丁寧にサポートしてくださったと感謝しています」
中村印刷所の水平開きノートは、優れた商品開発と弁理士との特許出願による法的保護が、その後の大企業とのコラボも含めた発展の礎になった好例と言えるでしょう。