創業者が自ら積極的に特許を取得した菊星
株式会社菊星は、ヘアサロン向け製品の総合商社として94年に及ぶ歴史を持つだけでなく、創業当初から化粧品や美容器具などの自社開発に力を入れてきたメーカーです。同社代表取締役の竹鼻実樹氏に、企業経営における知財戦略のあり方についてお話をお聞きしました。
「弊社は創業が大正十三年、もともとは理容のハサミからスタートした会社です。そのうち良い櫛はないか、性能の良いバリカンはないかというお客様の要望に応えるうちに、商社的な商品の仕入れから自社での商品開発も行う企業に発展してきました。
弊社の経営理念は、“人が美しく生きるお手伝い”です。そして今もその中心にあるのは、モノ作りのDNAです。
もともと創業者が非常なアイディアマンでして、何かイノベーションを起こしたらすぐにパテントを取って他社様に真似されないようにしていたんです。当時から良いものはすぐ真似される現象はあったらしく、メーカーとして“安売りするのではなく、良いものを適正な値段で売っていく”ことと“その原資で次のイノベーションを起こしていく”ことを実現するために、パテントの取得は非常に重要でした。
特に中小企業の場合、大資本の企業に同じモノを作られたら太刀打ちできないところがあるのは事実です。しかし特許を押さえることで、国がそういった権利を守ってくれるわけです。これは、非常に有難いシステムだと思います。
弊社では開発費の中から一定の割合を取って、弁理士さんとも顧問契約を結び、製品開発の卵の段階で“これは特許性があるものでしょうか?”とまめに相談に行っています。つまり、開発プロセスの中にパテント取得を組み込んでいるのです。
当然日の目を見ないパテントは、数多くあります。しかしそれは、決して無駄にはなりません。何がしか、その先につながるものが生まれてくるものなんです」
開発費の中に特許取得費を折り込み、その効果を最大限に生かしている菊星のスタイルは開発型メーカーの参考になる部分がかなりあると思われます。
サラサラで再整髪できるデザインファクトリー パウダーロック
菊星は2011年、ヘアスタイリング剤「デザインファクトリーパウダーロック」を発売しました。その背景には、2000年代後半からヘアスタイルに自然な感じが求められるようになった流れがあります。
「自然なヘアスタイルを作るのに、ワックスは不向きです。そこで私達はベタつきのないスタイル剤が時代のニーズに合っていると考え、パウダーという素材に着目したのです。毛髪1本1本に付着した微細なパウダー同士が密着することで、簡単にヘアスタイルを維持でき、簡単にリセットできることを目指しました」
それまで化粧品やヘアケア製品には、親水性シリカパウダーが一般的でした。しかし同社は、疎水性シリカパウダーに着目しました。
製品化に向けた研究では、パウダーの粒子がナノサイズとミクロンサイズでは性質が正反対で、粒子の形状によってもスタイリング力が異なることが判明しました。この開発を始めた頃、ヨーロッパではナノサイズの粒子が細胞内に侵入する可能性があるとして、健康被害の懸念が議論されていました。
「この未知の素材について、私達は様々な文献を調べました。また色んな研究機関にも協力をお願いし、専門家の助言も仰ぎました。そしてリスクはないと確信し、ナノサイズでいくと決断したのです。この決断が一番難しかったですね」
開発を担当した同社マーケティング部研究室室長の西岡靖裕氏は、こう語ってくれました。
「パウダーの種類や配合を変えては、自分の髪や人毛のウィッグにつけて、スタイリング力や手触りなどを検証し続けていました。弊社は長年の製品開発での経験があったので、それは強みになりました。3年ぐらいかかってヘアスタイルを簡単に維持でき、何度でもリセットできる製品が完成したのですが、前例のないパウダースタイリング剤だったので当初は販促に苦労しました。営業社員が自ら実演して機能をアピールするなどの活動をした結果、発売1年経った頃には一挙に売上が伸びてきました」
現在では大手化粧品メーカーもパウダーを使ったスタイリング剤を出していますが、デザインファクトリーは特許によって先進的な技術とブランドを守り、その優位性を維持しています。
特許取得は、人材採用にも大きな効果が生まれた
同社はデザインファクトリーの開発で蓄積した疎水性シリカパウダーのデータを活用し、次々と新製品を開発しています。そしてその取得した特許は先進的な技術の法的保護だけではなく、人材採用効果も生み出していると竹鼻社長は語ってくれました。
「企業経営の重要な要の一つは、言うまでもなく人材です。特に新卒の学生さんのパワーは高く評価していて、弊社は新卒しか採用していません。今はまだ言えませんが、弊社の先進的な商品開発を任せている社員が実はまだ2年目なんです。
彼はたまたま大学院卒だったのですが、そのやる気は目を見張るものがあります。ただ2年目なので、さすがに経験と知識は浅いところがあります。そこをカバーするのが、外部ブレーンの役割なんです。
企業のDNAや理念を共有した人間がそういう一番コアな仕事をしていかないと、やはり積み上がっていかないと思います。そういうやる気のある新卒の学生さんにとっては、特許を多く持っていることがイノベーションを大事にする企業の証と捉えられていることは嬉しいですね」
自社で発明した技術権利の保全だけではなく、新しいものに挑戦する企業姿勢のシンボルとしての特許。“先進的なものを作って、世の中に貢献したい”-そう思う人材の心に響く特許の存在は、今後ますます重要になっていくと思われます。